SQUARE:2003.Winter


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              ※編集部で館主・澤功さんをおたずねしました。



 昭和57年の7月、ついに宿泊者ゼロの日が3日間続いた。館主の澤功氏は、いよいよ廃業するか外客を受け入れるかの瀬戸際に立たされた。最盛期には24室あった客室も12に減らし、弁当屋も手掛けるなど、手を尽くしてきたが、どれも決定打にはならなかった。
 経営が苦しくなってきたとき、既に外客を受け入れていた旅館の主人に「外国人を泊めてみてはどうか」と助言された。しかし、英語も話せず、設備も外国人には不向きな旅館に、泊まってくれる人など本当にいるのだろうかと躊躇していたのだ。
 澤氏は意を決して、その人が経営する「矢島旅館」を見に行った。すると、小さな規模の旅館に、外国人が溢れかえっていた。しかも、話しているのは誰にでも分かる簡単な英語だ。
 「これなら自分にも出来るかも知れない」──ここから、旅館「澤の屋」の外国人宿としての新たな挑戦が始まった。
 以来、合計80カ国から、延べ10万人以上の外客を受け入れてきた。現在では宿泊者の9割が外国人で、年間稼働率も90%を超える。
 澤の屋を外国人旅館へと変貌させた館主の澤氏は、「下町の外国人もてなしカリスマ」として、今年、観光カリスマの一人にも選ばれた。



 澤の屋は下町情緒漂う上野の谷中に、昭和24年に開業した。修学旅行生の受け入れで業績を伸ばしてきたが、昭和45年の大阪万博を境に、宿泊客は一気に減少した。そこで商用利用への転換を図ったが、都電の廃止でアクセスが悪くなると、これもまたダメになった。
 しかし、客足が離れた本当の理由は、旅館の家族的な雰囲気が敬遠され、一人で気楽に泊れるビジネスホテルが台頭してきたことだ。かつては東京にもたくさんあった家族旅館は、次々と姿を消しつつあった。
 外客受入れを決意してからは、先ほどの「矢島旅館」が中心となって設立したジャパニーズ・イン・グループに加入した。外客受入に積極的な旅館が並ぶパンフレットには、会員旅館への予約申込書が添付されている。そこから順調に予約が入るようになった。今では平均して、7カ国の人が毎日宿泊している。
 予約が入るようにはなったが、澤氏が懸念していた言葉と設備の問題が、完全に消えた訳ではなかった。やはり様々なトラブルに見舞われた。

 まず言葉の面では、電話応対が最初の課題となった。「今夜」のつもりで聞いた「tonight?」に、「No,one night!」と返答されたり、相手の言っていることが理解できないなど、トラブル続きであった。これには電話応対用のチャートを作り、こちらの質問に相手を答えさせるように会話の主導権を持つことで解決していった。

 設備面では、特に共同風呂の利用方法に悩まされた。
 最も困ったのは、風呂の栓を抜かれることだ。「自分が入浴済みの汚いお湯に、他人が入ることは考えられない」と言われ、いくら注意しても栓を抜かれ続けた。最後の手段として、栓に付いているチェーンを外してしまった。そのため、掃除は非常にやりづらくなった。
 トイレの使い方にも悩んだ。和式トイレの金隠しの上に用を足されたときには、驚いた。なぜ後ろ向きなのかと疑問に思ったが、これも国によっては扉を背にすることが怖く、どうしても扉を正面に見て用を足すのだと聞き、納得した。現在はイラストを使って使用方法を解説しているが、トイレに関するトラブルは数え切れない。
 風呂やトイレに限らず、騒音、食事の方法、洗濯の仕方、果ては接客時の笑顔に関することなど、生活習慣によるトラブルは様々だ。
 しかしこれは、良い悪いの問題ではなく、違い≠ナしかないと澤氏は考える。日本人でも海外に行けば習慣の違いでトラブルを起こすことがある。実際に澤氏も海外で、「日本人客に浴槽の外でシャワーを使われるビッグトラブルが何度もあったよ」と言われたそうだ。「文化・習慣の違いは、理解した上で乗り越えていくしかない」と澤氏は冷静だ。



 宿泊料金は、以前は1泊2食7,500円で提供していたが、泊食分離しなければ外客は来ないと言われ、1泊素泊4,100円でスタートした。それでも高いと言われ3,600円に値下げしたところ予約が来るようになった。その後、最低限の値上げをした結果、現在は4,700円だ。
 夕食は2,500円としたが、食べる客がいなくなったので、止めてしまった。朝食は食パン2枚を自分で焼いて食べるスタイルで200円、これに簡単な卵料理を付けて300円で提供している。この料金は開始当初から変えていない。
 この価格帯のせいか、当初のマスコミなどの紹介では「外国人も本当は立派なホテルに泊まりたいが、日本は物価が高いため、低廉な澤の屋が人気なのだ」という論調が多かった。








 しかし、それだけが理由ではないと澤氏は次のように説明する。
 かつて、スイスからの常連客に自宅に招かれて行ったところ、その人は地元でも有名な資産家で、豪邸に住んでいた。欧米人にとって旅は日常の延長線上であり、いくらお金持ちでも必要なものしかお金を使わないという。安くて清潔で居心地が良ければ、多少の不便には目をつぶる。決して立派なホテルに泊まれないからという理由で、澤の屋を選んではいないというのだ。
 また、澤氏は海外のB&Bホテル(Bed & Breakfast)が、意外な点を売り物にしていることに気が付いた。それは家族≠セ。ホテルのパンフレットに、家族の写真を掲載し、「わたしたちがおもてなしします」とアピールしているのだ。家族経営がセールスポイントになると思っても見なかった澤氏は、それ以降は無理に生活感を消すことをやめた。
 そしてまた、リピーター客にとっては、変わらないこと≠燒」力のようだ。
 かつては旅館を大きくしたいと思ったこともあったが、常連客から「今の澤の屋と変わってしまうのであれば、もう澤の屋には来ない」と言われ、やめにした。
 実際に、昔独身時代に宿泊したことのある外客の一人が、結婚後に子供を連れて泊まりに来たとき、「澤の屋が昔のままだったので、また来たよ」と言われたそうだ。



 ある時、フランスの芸術家を3ヶ月間受け入れた。最初はどこか不満そうだったが、2、3日もすると楽しそうだ。どうしたのか聞いてみると、「町が気に入った」と言うのだ。
 澤の屋がある谷中・千駄木界隈は、震災や戦災を免れた古い町並みがそのまま残っている。そこには豆腐、せんべい、アイスクリーム、飴などの手作りの店、筆、千代紙、竹籠などなどの伝統工芸の店、それに居酒屋、そば屋、銭湯など、下町ならではの風情を感じる店がたくさんある。
そして、生活に必要な郵便局、クリーニング店、病院、教会もある。食事も、和食、中華、洋食と何だって揃っている。澤の屋には大型ホテルにあるような立派な設備はないが、町ぐるみで外客を受け入れれば、機能的には大型ホテルにも負けはしない。澤の屋は宿泊だけに特化すれば良いと考えるようになった。
 そこで周辺のエリアマップを作り、協力を呼びかけることにした。
 近隣の飲食店に、玄関に「welcome to」の表示と、英文のメニューを置いて貰うようお願いした。
  その結果、外国人にとまどっていた町の人たちも、積極的に受け入れてくれるようになった。郵便局やクリーニング店では、英語の応対マニュアルも作ってくれた。
 日本人客だけを相手にしていた頃は、旅館も宿泊客も、町(地域)とはほとんど縁がなかったのに、外客を受け入れたことで、かえって町との繋がりができた。
 今では、町の人と宿泊客同士が交流する場面が数多くあり、花見や祭りなどのイベントには必ず宿泊客が参加するようになった。
 澤の屋でも、季節感のある飾り付けや、獅子舞、菖蒲湯など日本の伝統を紹介するイベントなどを開催している。











  澤氏は、本当の旅の楽しみ方は、豪華なホテルに泊まることではなく、現地の人の日常や文化に触れることだと考えている。澤氏はそれを手助けする役割に徹しようとしているのだ。



 澤氏は、もっとたくさんの旅館が外客を受け入れて欲しいと考えている。
 なぜなら、訪日外客が1,000万人時代を迎えると、現在外客を受け入れている旅館だけでは、とてもさばききれないからだ。
 JATAの報告書によると、現在、訪日外客の8割はエージェントを経由しないFIT客だ。今後エージェントの比率が4割に高まったとしても、残りの600万人はFIT客ということになる。エージェントの流通に乗らないFIT客は、手垢にまみれていない日本の隠れた観光地を訪ね歩くようになるだろう。
 つまり、日本人の旅行客が来ないと嘆いている地方の旅館こそ、大きなビジネスチャンスが待っているのだ。少なくとも英文のホームページを立ち上げ、世界中に自分の旅館の情報を発信すべきと澤氏は訴える。
 しかし、訪日外客1,000万人を実現するためには、ある問題がネックになっているという。それは、ノー・ショー(無連絡での不泊)の問題だ。
 実は澤の屋でも、最初の頃は頭の痛い問題だった。特に澤の屋は12室しかないため、1部屋だけでも影響は大きかった。予約した客が来なくても、旅館側から取消料を取り立てる術すらなかった。
 そこで澤氏は、クレジットカードによるギャランティ・リザベーション制度に加入し、自らも普及に力を入れている。
 これは、予約時点で相手のクレジットカードの番号を聞いておき、ノー・ショーの際は1泊分の料金を口座から引き落とせるシステムだ。
 これにより澤の屋では、ノー・ショーによるトラブルはなくなった。その代わり、カードを持たない人の予約は受け付けないことにした。
 海外では、この制度は既に常識となっているが、日本ではカード会社の方が、悪用を恐れてあまり乗り気ではない。
 しかし、海外では当たり前のようにカード番号を聞かれるのに、日本では全く聞かれないということが、かえって安易なノー・ショーを招いているとも考えられる。
 澤氏は今、この制度の普及に全力を投じている。澤氏がマスコミの取材を決して断らないのは、宣伝効果だけではなく、この問題を少しでも多くの人に理解してもらいたいからだ。



 最近は澤の屋に宿泊する人が、少し変わってきたという。再び日本人客の比率が増えてきたのだ。その日本人客に、どこで澤の屋を知ったのかを聞いてみると、なんと海外だという。
 つまり、外国からの宿泊客が、帰国後に出会った日本人に勧めているのだ。グローバル社会故の口コミの逆輸入――灯台下暗し≠ニは、まさにこのようなことを言うのだろう。
 澤氏に、外客から教わった事は何かと聞いたところ、次のような返事が返ってきた。
 「色々な旅の楽しみ方があるということを教わりました。日本人だけを相手にしていては絶対に分からないことです。世界を見る目が広がりました。言葉が分からなくても、世界を旅することができると分かり、私自身年に一度、家内を連れて海外へ出かけるようになりました。でも本当に一番良かったのは、澤の屋がつぶれなかったことです。」

※「澤の屋」のホームページでは、澤さん自身の執筆による“Owner'sEssay”(「外客受け入れの日々」:日観連月報連載)や、訪れたゲストの楽しい写真などが掲載されています。是非、ご覧下さい。

旅館「澤の屋」 Url:http://www.tctv.ne.jp/members/sawanoya/