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「多文化共生」社会の到来
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田村 太郎 多文化共生センター
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■たむら たろう
兵庫県伊丹市生まれ。県立伊丹高校を卒業後、アジア・ヨーロッパ・アフリカ・南米などを旅行。在日フィリピン人向けレンタルビデオ店などでの勤務を経て1995年、阪神大震災直後に「外国人地震情報センター」の設立に奔走。同センターの「多文化共生センター」への発展改称とともに事務局長、97年4月より代表。自治体や国際交流協会の委員としても外国人住民施策やボランティア・NPO、復興まちづくりなどで提言を行う。多文化共生センターは、国際交流基金地域交流振興賞理事長特別表彰(1996年)、第10回毎日国際交流賞(1998年)などを受賞。著書・論文に「阪神大震災と外国人」(外国人地震情報センター編/明石書店)「外国人と都市問題」(市政研究96秋号)「在日外国人の母子保健調査・研究」(とよなか国際交流協会)「災害復興期におけるNPOの役割」(神戸復興塾)など。 |
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1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、被災地に暮らしていた約8万人の外国人もまた大きな被害を受けました。言葉や習慣、制度のちがいなどから、日本人とはまたことなる困難に直面した外国人被災者が数多く存在しました。こうした外国人被災者への支援活動を通じて「多様でない社会」の危うさを感じたボランティアの手により、多文化共生センターは95年10月、国籍や言葉、文化、習慣などの違いを認めあい、互いに尊重しあう「多文化共生社会」の実現をめざして発足したボランティア団体です。 |
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