1994年4月にスタートした週40時間制は、今年の4月から中小企業に対する猶予措置が切れた。先進欧米諸国より数十年遅れではあるが、名実ともに週40時間労働時代を迎えた。しかし、バブル破綻の後遺症に悩む日本経済や企業社会の関心事は、時短や余暇どころかリストラにある。
また、経済のサービス化や国際化にともない、「労働時間の弾力化」が進められているが、これはとりもなおさず深夜業や不規則な長時間労働の増大につながっている。年間総実労働時間は2000時間前後にまで減少してきたものの、ドイツのように週35時間制にむけて時短が進められていく情勢にはない。アメリカ合衆国では、経済が上向くなかで年間労働時間はむしろ増えており、日本においても、現在のところ“働きすぎ”の構造を温存したまま、短時間に費用をたくさんつぎこむ享楽的・消費的レジャーが支配的である。
日本ではこれまで時短による消費拡大、あるいは貿易摩擦の解消、医療費の抑制といった経済効果を中心に時短の効果が論じられてきた。そして、私たちは余暇にたくさんお金をつぎこんで楽しむことが「豊かな生活」と考えてきた。社会心理学者のE.フロムは、〈持つこと(to have)〉が現代産業社会の基本的な存在様式となっており、私たちは物を持つことを自己の価値、同一性、あるいは存在のあかしとすることに慣れてしまったという。余暇や自由時間の過ごし方においてもしかりである。これに対して、〈 あること(to be)〉は、何ものにも執着せず、何ものにも束縛されず、自分の能力を能動的に発揮し、絶えず成長することで生きる喜びを確信できる生き方であるという(『生きるということ』)。
バブル経済後の長引く不況とリストラをきっかけに、人びとの余暇の過ごし方や働き方には変化が生まれた。ゴルフや高級ホテルの利用者が減り、価値観の変化もおきている。大規模なリゾート開発の見直しとともに、農村や自然のなかでゆったりと休暇を過ごすグリーン・ツーリズムやルーラル・ツーリズム、市民農園などへの関心も高まってきている。休暇を利用してのボランティア活動や社会的・人道的貢献活動を行うサラリーマンも増えている。
週40時間時代を迎えたいま、日本においても立ち遅れている連続休暇制度をはじめ、ボランティア休暇、リクエスト休暇などの長期休暇の導入・定着が、これからの労働時間短縮をめぐる大きな課題となってきている。こうした時間的長さの拡大とともに、豊かな時間を獲得していくときの重要なポイントは、個人レベルの「私的な時間」や企業社会のなかで自己完結的に余暇を過ごすだけでなく、地域の人びとや友人、家族などと多様な社会関係を形成して〈生きられる共時性〉(真木悠介)の再生につながる「共的な時間」をどれだけ獲得して余暇に組み込んでいけるか、というところにあるように思う。
現代社会では、〈持つこと〉が自明の理とされ、〈あること〉がおしつぶされているが、いまこそ、ライフコ?スそれぞれの時期に固有の自由で豊かな時間を享受できる〈あること〉に価値をおく生き方への転換を図っていくときではないだろうか。