先頃亡くなられた司馬遼太郎さんが、22歳で敗戦の放送を聞いたとき「なんと愚かな国に生まれたことかと思った」そうだ。今や住専の問題で誰もがこの国の愚劣さを実感しているに違いない。
私がこの国の政、官、財の腐敗したもたれ合いと国民の金銭至上主義の異様さに気づいたのは、あのリクルート事件の時だった。事件の発端から終結までをリクルートの若い社員達と対話しながら追った仕事から、この国の隠微な権力構造、封建主義の上に資本主義が乗っかったキッチュな政経構造を実感してしまった。そしてそのことを私なりに警告する記事を書いたのだが、権力と金銭欲に視野狭窄となった官民リーダーは、鼠の行進のようなバブル崩壊へと突き進んでいった。
そんなとき私は偶然に、自分の人生と暮らしを本音のところから豊かなものにつくりかえていこうという主婦達の新しい働きかたを知り、週刊の経済誌で「主婦起業」という連載を始めた。それまでシャドーワークと位置づけられ、社会の構成員と見なされていないような家庭の主婦たちが、家や地域の暮らしを本当に良くするためには行政や企業のあてがいぶちに拠らず、自分達の手で仕事を創り出さなくてはならないと思い始めたのだ。彼女達の仕事は、パン屋さんであるとか自然食の店や八百屋さん、保育園、老人給食など暮しに必要なモノやサービスの提供である。それらの仕事は金銭追求でない自己実現を目的にしたもので、それ以前になかった働きかただ。仕事といえば、組織のために生活はおろか社会や環境をも犠牲にして働くという考えが、社会にも労組にさえも強かったとき、彼女たちの志の高さは霞が関の官僚は言うまでもなく、大企業の経営者達もおよばぬと私には感じられた。もう8年も前の、その仕事を今読み返してみると新しい流れは途切れること無く、それどころか「自宅店」と言われるような新たな動きを呑み込み大きな潮流となってきたと思う。「女、子供の仕事」とみくびっていた大企業の経営者も、生活体験にビジネス・チャンスを見いだそうという現在では彼女らの力を借りなくてはならなくなってさえきた。経営者ばかりではない。妻に自宅を仕事場にされた夫たちも、自らのサラリーマンの働き方を考えさせられることとなった。その自省の辛さに家から逃げだした夫さえいたが、なかには大企業の経営者である夫が「自分も定年で会社を出れば居場所がない」と家では妻の仕事を手伝うというケースもあった。
バブルの後のリストラ旋風もあって会社人間の呪縛を解くのに必死な男達を尻目に、福祉機器の設計事務所を発展させてきたある主婦は、今NPO(民間非営利組織)の勉強会を組織している。主婦企業がNPOに発展していく流れに、彼女らの息子や娘が乗っていくというシナリオの中にこそ、日本の希望があると思う。